清水文太が自衛隊を辞めてまで市議を目指す理由

東日本大震災の災害派遣に参加して以下の現実を目の当たりにしました。

①地方自治体の災害対処能力、避難所運営力が極めて低いということ
②地方自治体も市民と一緒に大混乱だったこと
③避難所運営について全く準備されていなかったこと
④震災関連死(震災発生後の死)は人災であるという認識がないこと
⑤地方自治体が自衛隊の使い方を分かっていないこと

→地方自治法2条にある「住民等の生命、身体及び財産を災害から第一義的に保護する責務を有するのは、市町村及び都道府県である」 ということを地方自治体も市民も認識していない実情を変えたいと思ったから

 

日本は裕福なのに幸せ指数が低い。高収入や便利さだけでは幸せを感じない。

物理的に発展するとか、経済的な満足だけではなくて、
最終的には、一人ひとりの幸福感を高めて心の満足を作ること。

→20年後の子どもたちの心が私たちより豊かな心であってほしいと思ったから

 

「柏原?どこ?それって橿原神宮があるとこ?」

全国各地に転勤するたびマイノリティーの悲哀を味わいました。
いつか私たちのホームタウンを誰もが知っている街にしたい。
「あの柏原市はここだ」と。

→柏原に生まれ育った人のプライドを守りたいと思ったから

目指している柏原市(ビジョン)

  1. 市民全員がより深い幸せを感じ、安心して住み続けることのできる街
  2. 若者が元気な街
  3. 全てのひとに「居場所」と「持ち場」がある街
    ーみんなで頑張る街(地域主導型の街)づくりー
  4. あの柏原はここだ!

 

市民全員がより深い幸せを感じ、安心して住み続けることのできる街

「安心・安全」なまち…市議に元自衛官がいるだけでも大きな安心感。南海・東南海トラフ巨大地震への万全の備え。自主防災組織(自助・共助)の強化。生活道路や公園の周りに防犯カメラ、街灯の設置・増設。

日本は裕福なのに幸せ指数が低い。高収入や便利さだけでは幸せを感じない。物理的に発展するとか、経済的な満足だけではなくて、最終的には幸福感を高めて心の満足を作ること。
予算のつけ方一つ一つが、市民の幸せや痛み、夢の実現に直結することを自覚。

柏原市は意外と暮らしに満足している人は多い。あとは、人と人の繋がりだけ。
特に、昔から住んでいる人と新しく来た人との繋がり、若い人と年長者との繋がり、学生と市民との繋がり

人が集まる場所を作る。公園に机とベンチ、砂場や遊具を。単に集まるだけではなくて、市民が元気になれる場所作り

20年後の子供たちの心が私たちより豊かな心であるように。「子供の貧困」問題に対応し、全ての子供たちが質の高い教育を受けられる環境を提供。障害者教育・就職支援、いじめの排除。